木股のサイトへ ようこそ

研究所へは自転車で行ったり、歩いて帰ったりして 時の流れを感じています。片道7kmはなかなかのexerciseです。

新たなことは困難ですが これまで取り組めなかった目こぼしをきちんと詰めていきたいと考えています。

 

*:公益財団法人地震予知総合研究振興会 東濃地震科学研究所

〒509-6132 瑞浪市明世町山野内1-63, 電話 0572-67-3105 (fax 3108))

最近の動き

御嶽山噴火 2007年噴火のwebsite

私自身が忘れていました。2006年末に気象庁から御嶽山で地震活動活発化という知らせを受けて慌てて作成したサイトが残っていました。反省すべき点多しながらも、改めて公開します。あくまでも当時の見解です。

御嶽山噴火 79年噴火の研究報告書

御嶽山が再び噴火しました。1979年の水蒸気爆発は活火山研究に「死火山」が噴いたとして日本の火山学に一つのエポックとなりました。今回は噴火は、大学で研究するにあたらないとされた火山が噴火し、戦後最大の人的被害を及ぼしました。犠牲になられた方を考えると、火山防災に対する大きなエポックにしなくてはなりません。

まず 1979年からすでに35年が経過しています。ということは大学に当時の経験者がほとんど居なくなってしまったことから、同時の科研費報告書「御岳山1979年火山活動および災害の調査報告」(青木治三代表、1980)を再録します。

はじめに 目次

第1部 地球科学的調査・研究

 第1章 荒牧重雄「木曽御岳山1979年噴火ー噴火の観察と火山灰 1-3

 第2章 小林武彦「御岳山1979年火山活動 4-12

 第3章 石岡孝吉・鈴木和博・諏訪兼位「御嶽噴火の岩石学的研究」 13ー24

 第4章 小坂丈予・平林順一・小沢竹二郎・君島克憲「木曽御岳山1979年活動における地球化学的調査・研究」 25-36

 第5章 杉崎隆一・杉浦 孜・水谷義彦・日下部良「御岳山の噴火噴出物および火山ガスの地球化学的研究」 36-54

 第6章 青木治三・大井田徹・藤井巌・山崎文人「御岳山1979年火山活動の地震学的調査・研究」55-74
 第7章 下鶴大輔・宮崎 努「1979年御嶽火山噴火後の地震活動観測について」75-90

 第8章 島 担・泉谷恭男「王滝村滝越における地震観測」91-96

 第9章 木股文昭「御岳山における噴火後の辺長測量」97-100

 第10章 志知隆一・古本宗充・深尾良夫・山本明彦・野崎京三・江坂照也「御岳山付近における重力測定」101-103

 第11章 山田功夫「濁河温泉泉温の高感度連続観測」104-107

第2部 災害の調査・研究 (略)

Gayo Earthquake, Sumatra, 2013-July

 2004年スマトラ地震から10年目に入った。まだ余効変動が続き、次の地震の準備には入っていないようだ。でも通い慣れたところ、しかも1500mの高地と涼しい。そんなのんびり気分が一揺れでぶっ飛んだ。泊まっていたTakegon近くで地震があり、20余名が犠牲になる。

 日本では震度5ほどの揺れでは倒壊家屋もないはずだが。しかも、富者が煉瓦の家に住み、貧者は板壁の家に住んでいた。ところが倒壊したのは煉瓦壁の家。日本とは逆の被災状況が見られた。

 翌日には現地の大学からも学部長が飛んできた。彼らと被災地に入った。

詳しく

2013年3月11日 瑞浪市日吉地区で水準測量

 シルバーセンターに協力を仰いで、宮島と研究所周辺で5日間ほど水準測量に取り組んだ。中仙道街道となる日吉地区には明治初期に設けられた水準点がいまだにきちんと保存されている。金標でなく御影石を磨いた水準点である。街道を往来した人々を思いながら測量を楽しむ。

 その看板に「水準点です。大切にしましょう」と呼びかけていた。でも「大切に」と訴える国土地理院が水準測量ももう必要ないと言い切るようになっている。そんな地理院の幹部に水準点を訪ねる旅をおすすめしたいものである。苔むした水準点から漂う精気を感じてほしい。(尺を持つのはシルバーの野久さん)

2012年10月23日 岐阜市の西郷小学校で6年生に授業

 大学の同窓生に骨を折っていただき、小学生の授業を行う。65年の人生で初の体験だった。教育学部を卒業しながら、実に不真面目で教育実習は高校で、しかも授業は2回しか経験していない。
 ちなみに小学校の教科書では地震と火山の出来事をそれぞれ2ページで紹介するだけである。そんな背景のなか、緊張した45分間、とても自信はなかった。郷土を襲った1891年濃尾地震を紹介しただけに終わった。

 このあと、同窓生の勤めた安八郡神戸町の下宮小学校と神戸小学校でも同様な授業をやらせて頂いた。授業に利用したプレゼン

2012年10月5日
根尾谷断層の草刈り
根尾谷断層の保存活動の一環として、凸凹しながらも広がる。今年は本巣市も市広報で呼びかけてくれ、市内のボランティアも参加された。足下もしっかりとみつめたいものだ。
根尾谷断層保存活動 濃尾地震120年読売新聞 根尾谷断層保存の意義と課題

2012年9月
作曲家富田勲さんと三河地震 そして交響詩「イーハトーヴ」
 私は音楽前の人間ながらも、作曲家富田勲さんは知る。その彼も80才、その彼が東北に育った宮沢賢治の世界を交響詩として、東北の大地と人々がいかに強く結ばれているかを全世界に示し、生命の賛歌を高らかに響かせたいとしているという。

 その富田さんが、小学6年の時、岡崎で三河地震に遭遇したという。医院だった彼の実家に多くのけが人が運ばれ、悲壮な経験は今でも忘れることがないらしい。交響詩「イーハトーヴ」に取り組む彼の姿をNHKは一つのドキュメントを準備している。その忘れることのできない三河地震として、かっての同僚だった林さんと木村さん、そして二人の画家さんが描いた三河地震被災の絵画が利用していただけそうだ。「イーハトーヴ」とそのドキュメントに期待する。

2012年9月
1944年東南海地震の体験者から話を聞く

 軽い気持ちで講師を引き受け、岐阜県退職女教師の会岐阜支部例会に出かけた。南海トラフの巨大地震が話題されながらも、岐阜では内陸直下の地震にも十分な注意と減災のためには社会の脆弱性を克服せねばと話した。

 話終え質問となった。参加者の中には二人の東南海地震の被災経験者が見えた。小学校の児童として被災し、運動場に飛び出したことを生々しく述べられた。ぜひとも次の南海トラフの地震も生き抜いてもらいたいものだ。

2012年3月27日
地殻変動研究会「耳を澄ましてごらん 地球の鼓動が聞こえるよ」

もっともっと耳を澄ませば、これまで気づかなかったことも聞こえると、これまで学んだことを話す。 

 

2012年3月23日
センター年次研究発表会「二万人の視線を感じながら 次の巨大地震に備える」

2004年スマトラ地震、2011年東日本の巨大地震でなぜ多くの人々を失ったのか、防災がトップダウンになり、地域が忘れ去られてしまった現状を話す。