著作

2000年東海豪雨が襲った清須市西枇杷島町 自主出版 2016.9

山田辰嘉・木股文昭、68page A5 300円

町の災害対策本部が解散しても、その後一年間にわたり、町民により週に一度ながらも炊き出しを続けた町がある。2000年東海豪雨で全町が洪水に襲われた愛知県清須市西枇杷島街である。私はこの本をまま停めるまでなぜそんなに長く炊き出しをやったのか、理解できなかった。人びとは炊き出しで腹だけを満たすもの出なく、顔と顔を合わせ言葉を交わすことで心も満たすものだった。

そんな人びとは、東海豪雨を忘れないために昨年15周年集会を開いた。気象協会名古屋支部は喜んで講師を無償で派遣してくれた。

山田は西枇杷島で長年にわたり、防災に取り組む。

小さな町の貴重な経験、それが災害に対する大きな力になると考え、今後も小さな町の経験を発掘していきたい。

東濃地方の地震とその災害 2016.3

木股文昭・松多信尚, 2016, 東濃地方の地震とその災害, 東濃地震科学研究所, 95pp

東濃地方は本当に地震が少ない。足下で発生し、震度が3を超えるようなものは年に1回。東京の数10倍も少ない。それも沈み込むプレートの中で発生する。ところが、活断層が阿寺断層、恵那山ー猿投山断層など密集する。となれば、いつかは内陸直下型地震型地震が襲うと各御せねばならない。

数少ない被害地震ながらも、1891年濃尾地震では地場産業になろうとしていた陶器産業の要、窯がほぼ全潰した。にもかかわらず、人びとは大変な努力で翌年には地震前の生産額に回復させた。そんな涙ぐましい歴史も持っている。

具体的な事例から、地元の地震に迫ってみた。

地元で2000冊が行き渡った。

 

スマトラ地震による津波災害と復興 古今書院 2014.2

高橋 誠・田中重好・木股文昭 編著
2005年2月から取り組んできたスマトラ地震の調査研究、これまでに少なからずの書籍を日本語やインドネシア語で出版してきた。その総集編にあたる。こ れでスマトラ地震がすべて解るわけでないが、私たちがいかなる問題意識を持ち、その課題がいかに進展したてきたのか、その足跡が追える。

現代インドネシアを知るための60章 明石書店 2012.1 三刷(2014.12)

村井 吉敬佐伯 奈津子間瀬 朋子 編著 分担執筆 

インドネシアを各分野のスペシャリストが4ページで紹介する。60章を読めば、まさにインドネシアが理解できる。私は2004年スマトラ沖地震を通して、インドネシア人の災害観について紹介する。旅に出か けるとき、「地球の歩き方」などを愛用していたが、こちらの本はまさにその国の歴史と現状を理解することができる。
インドネシアは何度も訪れ知っていたつ もりになっていた私だが、まだまだ初心者のレベルだったことを知らせてくれた。

三連動地震迫る 中日新聞社 2011.10

 2004年スマトラ地震の現地に一月後に入り、巨大地震津波被災の怖さをまざまざと見せつけられた。それでも、3月11日からしばらく、何も手につかなかっ た。なぜ私たちは二万人の命を失ってしまったか?

 次の巨大地震が予測される南海海溝、それこそ東日本大震災の犠牲者に背中を見つめられている私たちのすべきことがある。津波警報を発令すれだけで人々が救える分けがない。

 そんな思いを中日新聞に伝えれ ば、出版を 承諾いただいた。そんな思いの本だ。 本の反響など

御嶽山 静かなる活火山  信濃毎日新聞社 2010.6 三刷(2015.1)

 火山噴火はマグマや熱水の移動を伴うだけに、噴火の先行現象が観測される機会が多い。それだけにきちんと監視体制を確立すれば、少なくとも人的被害だけは避けることができる。

 しかし、政府はとうとう財源不足を理由に火山の監視を怠る状況になってしまった。御嶽山でも有史初となった1979年噴火以降、すこしづつ観測網が充実し、それなりの先行現象が観測されるようになっていた。

 地元も過疎に悩まされ、長野県側では王滝村の赤字 、岐阜県側では大規模合併と山麓から村が消えるピンチに落ち込んでいる。

 御嶽山麓での観測も30年、御嶽山の自然の雄大さとそこに住む人々の生活がわずかながらもやっとわかり始めた。そんな思いを込めた。本の反響など

 

超巨大地震がやってきた  時事通信社 2006.6

2004年スマトラ地震津波、インド洋周辺で24万人もの人々が亡くなった。私たちも津波から1ヶ月後に最大の被災地スマトラのバンダアチェに社会科学の 研究者と入った。私たちは地震の発生過程を地殻変動観測から、社会の研究者はインタビューから復旧と復興過程を調べた。

津波を知らなかったアチェの人々、しかし、彼らは被災にもめげず、被災の大ピンチから、内紛を停止し、和平協定、選挙による知事の選出を実現した。関東大震災など暗い記憶が残る中、被災の悲しみから大きな喜びを実現した。そんな思いを記した。本の反響など

 

三河地震 60年目の真実  中日新聞社 2005.10 絶版 希少価値

 三河地震発生の60年目にあたる2005年1月13日に 大学で開いた講演会「三河地震から60年を迎えて」、平日の午後の開催,しかも3時間30分の長時間の講演,でも参加者はレクチャールームに溢れ,急遽ロビーでテレビ中継による第二会場を設けた。嬉しい悲鳴だった。
 感動したのは,被災を体験した多くの年寄り,少なくとも60才を超える方々の参加だった。学術講演会としては珍しく,被災者との対談。それも絵画として被災記録の保存にあたっている画家の方も参加した対談も大きな成果を収めた。

 会場の熱気と若い二人の研究者の執念でこの本が世に出た。本の反響など